地積更正登記

登記簿の土地の面積が実際と違っている場合に、実際の面積に一致させるように登記簿を訂正する登記です。

 

登記簿に所有者として記載されている人が申請をします。所有者の方が亡くなっている場合は、相続人の方から申請できます。

土地の面積が、登記簿と実測で違っていることは、普通に存在します。なぜ違っているのかは、登記の生い立ちを知っていただくことで、理解していただけるでしょう。

 

明治になって、新政府は土地の私有と売買の自由を認め、地主に対して地券を発行しました。そして、財源確保のために、地租を改正して、村単位の収穫高に対して課税していた物納から、地価を対象とした金納とし、地主個人に対して課税することに変更しました。

この地租改正作業として、各土地に地番を付け、実測しました。

実測は、政府がするのではなく、地主が行うこととしましたが、地主に測量技術がある訳でないため、実際は村でまとめて行われました。実測後、地番・地目・所有者・面積等をまとめた地引帳と地引絵図(現在の公図)を作成して役所に提出し、役所はこれの抽出検査を行うという方法でした。

政府が実測を行わなかったのは、膨大な費用がかかるのを避けるためと、検地が重税につながるのではないかという反発から、一揆が発生する恐れがあったからでした。

測量には、当時のそれなりの道具を使い、求積されていますが、求積方法は現在の方法と異なります。
ただ、課税の基準となる面積ですから、どうしても小さく申告する心理が働いたわけです。

また、山林・原野・池沼など広漠として実測が難しい土地は、およその面積でよいとされました。
課税の対象として重視されなかったからです。

 

このようにしてスタートした土地が、その後に分筆登記や地積更正登記のために実測されていれば、公簿面積とほぼ一致していると思います。

また、土地区画整理法や耕地整理法によって換地処分が行われたり、国土調査法による地積図が作成されたり、法務局が地図を作成したところでは、その時点で測量が行われ、土地の面積が変更されていますので、公簿面積と一致する筈です。

ところが、明治時代に測られた土地が、そのまま現在まできている所は少なくなく、そういうところは、面積が違っているだろうと考えるべきです。

 

登記の申請には、地積測量図と、道路・水路を含む隣接地所有者の境界についての承諾書を添付して申請します。